【工場編】ビスポークテーラー奮闘記⑯
激動の時代を生き抜いた初代社長の物語
初代社長は19歳という若さで家督を継ぎ、戦後の混乱期に家業を背負いました。政府から配給される貴重な小麦粉を使い、うどんやパンに加工して学校などへ納めるのが主な仕事でした。
その傍ら、社長は配給の余りの小麦粉をこっそり市場で売ったり、アンパンを作って販売したりして、少しずつお金を稼いでいたそうです。ちょっぴりグレーな話ですが、これも戦後の混乱期ならではのエピソードとしてご容赦ください(笑)。ちなみに、初代社長の奥様は、社長が作るアンパンの美味しさに惹かれて結婚した、なんて話もまことしやかに囁かれています。
「食」から「衣」へ、そして栄誉ある勲章へ
「次は食べ物だけでなく、着る物だ!」──初代社長はそう考え、コツコツ稼いだお金を元手に縫製工場ハセガワを立ち上げました。
苦難のスタートではありましたが、その後、初代社長は長年にわたる業界への貢献が認められ、ついには天皇陛下からいただける栄誉ある章、勲五等瑞宝章を親授されるまでになりました。皇居での授与式では、当時の天皇陛下(今の上皇様)から直接お言葉を賜ったそうです。
《賞状》
革新を追求した「新しい物好き」の社長
初代社長は、ただの「敏腕」で終わらない、新しい物好きな一面でも知られていました。その革新性は、工場の随所に見て取れます。
当時の工場には、なんと自動で動く無人搬送車が何台も走り回っていました。これらは、縫製が終わった場所から検査ラインまで、仕上がった商品を運ぶロボットです。今でもその名残として、床には銀色のテープが残されており、当時の先進性を物語っています。
さらに社長は、自動縫製システムを開発し、特許まで取得しました。このシステムを他の縫製工場に販売することも検討しましたが、非常に高額になる見込みだったため、実現には至りませんでした。しかし、当時としては画期的な試みであり、社長の未来を見据える眼差しがうかがえます。
《今でもロボットが通っていたテープの後が残っています》
古いパソコンに光を当てた高専時代の学び
そんな最新を取り入れていたのも昔の話•••。
今ではミシンや裁断機なども最新ではありません。
残念ながら、工場のパソコンは長らくアップデートされず、古いまま使い続けられていました。しかし、ここで荒川の高専時代の学びが役立つことになります。
ブログの第一話で触れたので、もうお忘れかもしれませんが、荒川は高専出身で、元々プログラミングの勉強をしていました。現役バリバリとはいかなくとも、基本的な知識があったおかげで、古くなった工場のパソコンを無事にアップデートすることができたのです。
この経験を通して、学びや経験に無駄なことなど一つもないと改めて痛感しました。
国内工場の実態と荒川の学び
工場長の手伝いをしながら、荒川はまず生産管理のノウハウを学びました。それだけでなく、実際に生産ラインに入ってミシン作業をしたり、CADの勉強もしました。
こうして製品が完成するまでの全工程を知ることで、荒川は日本の工場の実態を深く理解しようと思いました。そして、イタリアの高級紳士服ブランドKiton(キートン)の工場で学んだことを、単なる個人の技術としてだけでなく、この工場全体に活かせるきっかけを見つけたい、そう強く思ったんです。
ハセガワは、Kitonとは対照的なアプローチを取っていました。Kitonが手作業の精緻さを追求する一方で、ハセガワはなるべく手作業を減らす方針です。なぜなら、手作業は時間がかかり、生産数をこなすことが難しいからです。
ハセガワの「完全裁断」
ハセガワが採用しているのは、**「完全裁断」**という方法です。これは、製品に必要なすべてのパーツを、縫製を始める前に完全にカットしてしまうやり方です。例えるなら、プラモデルを作るようなイメージですね。この方法の最大のメリットは、早く製品を完成させられる点にあります。
しかし、デメリットもあります。途中で修正ができないため、もし裁断の段階で間違いがあると、そのまま不良品になってしまうリスクがあるんです。
Kitonの「粗裁ち」と職人技
一方、Kitonの工場ではこれとは真逆の**「粗裁ち」**を行います。これは、最初にパーツを大まかな形にカットしておき、縫製を進めながら少しずつ正確な形に整えていく方法です。
この方法は時間がかかりますが、その都度微調整ができるため、もし間違いがあっても修正を加えながら完成させることができます。しかし、これは高度な職人の技術と経験があって初めて可能になることで、誰にでもできるわけではありません。
このように、同じ衣服を製造する工場でも、効率を重視するハセガワと、職人技による品質を追求するKitonでは、裁断の方法に大きな違いがあることがわかりますね。
国内工場における差別化の重要性
ハセガワにとって最も重要なのは、「誰でも早く簡単に縫える」仕組みを確立することです。一着あたりの単価が低いため、数をこなさなければ採算が合わないからです。Kitonが職人たちの手で最高品質を追求する一方で、ハセガワは品質とコストの最適なバランスを追求しています。これこそが「量産」の本質と言えるでしょう。
同じ既製服の縫製工場でも、何を重視するかによってその方向性は大きく変わります。私から見たハセガワの評価は、Kitonや他の工場が基本的に同じ製品を作り続けることが多い中で、ハセガワには素材への対応力があり、様々な細かい仕様の指示にも器用に対応できる点です。これこそが、他の工場にはないハセガワの魅力の一つだと感じました。
国内工場が生き残る道として、このような「差別化=ブランディング」は今後不可欠な課題です。しかし、国内工場が置かれている現状では、差別化と量産は時に矛盾を生じさせます。この状況を打開していくには、一筋縄ではいかないでしょう。
幸せになるものづくりを目指して
アパレル業界の現状は厳しく、生産側は常に値下げ要求に直面しています。お客様が求める「ただ安いだけの服」に応えるだけで、本当に良いのでしょうか?そこに真の満足度はあるのでしょうか?
洋服がもし嗜好品に過ぎないというのなら、私たちはその服に関わるみんなが幸せになれるモノを作っていきたい。作っている人も、売っている人も、そして買ってくださるお客様も、それぞれが喜びを感じられるような服を届けたいと心から願っています。
つづく